照明器具には明かりを照らす機能以外何者ではありません。
ちょっとかわいそうかもしれませんが、それが現実。自己主張してはいけない部材なのです。
さらに白熱灯であり、有機的なシンプルであること。
そして白熱灯の柔らかい灯りが外に漏れ、住まいが町の「行灯(あんどん)」のような存在にする。
町に対して灯りのお裾分けをするような、、、それだけで町はグッと良くなるはずです。
外部の人がその住まいを見て楽しそうな家だな、と思っていただけたら勝ちです(笑)
::照明器具を選択する中で感じたこと::
デザイナーとして「単調ではないシンプル」を追求しているわけですが、それが逆に“仇(あだ)”になる恐れがあります。照明器具はそこが顕著に表されるように思うのです。
木材や金属は加工することで初めて家の一部の『商品』として成立しますが、照明器具はそのものが既製品である『商品』なワケですよね。言わば「どうしようもない、、、」わけです(笑)
加工できるならば手を加えてスッキリ魅せることは可能ですが、商品となると選択したことによってほぼその存在感が決まってしまいます。
今日、器具は多種多様で極シンプルな物もたくさんあります。
「果たしてシンプルだからコレでいいのか?」なんて感じたわけです。
木は有機的ですが、照明器具は無機的に近い存在。
まして私の考える照明器具のあるべき姿というのは「存在するものではなく照らすもの」である、いわば“陰の立て役者”的な立場でいて欲しいのです。
それでもやはり存在は否めないわけで、少しでも空間に馴染むこと、、、を考えた場合、無機的で単にシンプルなものではダメなのではないか。
もっと機械なら機械らしく、逆にそれが有機的な要素を含むのではないか、、、と思います。
露骨に電球むき出しでも良いし、ネジが見えていても良いし、ラインが整いすぎていなくても良い。
求めるものを簡単に言えば、、、「優先順位は機能(灯りを照らす)として、その機能を発揮するために必要な部材の“デザイン”に懲りすぎない」ということでしょうか。